第80回比企郡吉見町「吉見百穴」散策

2024年3月28日

活動日  令和6年3月28日(木)
天候   曇り
時間   13:00 ~ 16:00
実施場所 埼玉県比企郡吉見町
参加者名 会員 男性 15名 女性 2名   
     京葉会2名、西東京会3名、埼玉会12名 総計 17名


1.運営状況

 13:00に17名「東松山駅」改札口に全員集合。ここからは、徒歩(約30分)にて百穴入り口に向かう。長い緩やかな下り坂で、歩道も広くよく整備されていた。駅に集合したときには、パラパラと雨が降っていたが、歩き出した頃には雨も上がり、風もなく曇り空だったが大変歩くのには良い条件でした。
 歓談をしながら全員百穴の入り口(13:50頃)に到着。入り口には、百穴を案内してもらう2名のガイドさんが待機しておりました。ここでは、2班に分かれて案内をしてもらう。
 さて、この吉見の百穴は、古墳時代の後期から終末期(6世紀末から7世紀後半)に造られた横穴墓で、大正12年(1923年)3月7日に国の史跡に指定されました。横穴墓は、丘陵や台地の斜面を掘削して墓としたもので、この吉見の百穴が分布する丘陵一帯は凝灰質砂岩(ぎょうかいしつさがん)と呼ばれる掘削に適した岩盤が広がっており、当時の人々はこうした場所を選択して横穴墓を造ったと考えられます。
 「吉見百穴ヒカリゴケ」は、その名の示す通り外から入ってくるわずかな光をレンズ状の細胞が反射して、黄緑色に光って見える。昭和3年11月30日に国の指定天然記念物に指定されている。「地下軍需工場跡」昭和19年末から20年にかけて、吉見の百穴とその周辺の丘陵地帯(松山城址)には、米軍の空襲を避けながら航空機のエンジン部品を製造するため、大規模な地下軍需工場が造られた。この百穴の地下にも、巨大なトンネルが碁盤の目状にいくつも掘られている。ただ、現在は点検・調査のため、立入りは禁止されている。
 百穴の丘陵は、砂岩質で削りやすいとはいえ手斧一つで二百強の穴を掘ったことには感嘆しました。
 帰りもバスの良い時間がなかったので全員駅まで歩き、4時少し前に解散しました。本日は、雨にも降られず往復とも楽しくウォーキングできました。


2.懇親会

 ここで有名な焼き鳥は、とり(勿論鳥の皮やきなどもあります)ではなく豚(とん)にからしみそをつけて食べるのがおすすめです。
 16時ごろ店に入り、2時間ほど楽しい一時を過ごせました。


'24.3.28(木)「吉見百穴」散策JPG


【活動区分:埼玉会

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